うまいパン

朝、雲海を抜け、昇る太陽に会いたくて、土日のどちらかは早起きをする。と書き出すと、ちょっと都会風のタワマン20階以上に暮らす、イケてるビジネスマンの休日のようだ。
が、実際は、毎朝4時くらいに自動的に目が覚め、自動的な尿意とともにすり足でトイレに入り、用を済ませると自動的にわが家の猫さまと明けきらぬ朝のご挨拶を交わし、自動的にリビングテーブルの椅子に腰をおろし、はあ、、と自動的にため息を吐き出し、自動的虚ろな放心状態で、しばらく自動的にうなだれている。のが、いつものじぶんの姿だ。
なんか飲みたい。。水か、お茶か、珈琲か、いや、たしか牛乳が、残っていたような気がする。いや、ピルクルだったか。。あれは、うまいからなあ。
そういえば、なぜヘパリーゼの1リットルボトルは売っていないのだ。あれば、絶対買うぞ。もうそれさえあれば、俺に金棒だからな。いついかなる時だって、いくらでも酒が飲める。な、マツモト!と、くっだらない話にうつつを抜かしていたのは、いつだったっけ。。
腑抜けの薄らバカ男は、よろよろと椅子から立ち上がり、薄明るくなってきたリビングの中を冷蔵庫に向かう。
なんの話をしようとしていたのだろう。。そうだ。パンだ。うまいパンの話をしるしておこうと思ったのだった。うまいパン。あれは、実に良い。うまいパンがあれば、俺はどこへでも行く。そういう話だ。
なぜにして、土日なのか。それは、土日にしか売っていないパンがあるからだ。
以前、夕方に仕事を上がって、そうだ、今からパンを買いに行こう。今なら閉店まで時間の余裕もある。よし、行くぞ。と勇んで向かった。
が、いざ店に到着し、盛られたパンの列をぐるり眺め渡し、あれれ、と思いつつもう一度、今度は足を一歩踏みだし、ぐいと首を前に突きだし舐めるように右を左を、身体を反転させ背後までチェックをしたのだが、目当てのパンだけが、無い。
意気消沈し、夕暮れになっても、まだ忙しく立ち働いている店員さんに勇気を振り絞り尋ねるてみると、
「あ、そのパンは、土日だけなんですよー」
塩バターパン。というのがパンの名称だ。妻の好物なのだ。
やや小ぶりで三日月のカタチ、薄茶色にこんがり焼けたパン肌には、岩塩なのだろう粗めの塩がぱらっと振りかけられている。
一見、見落としてしまいそうな地味な姿をしているが、実はパンの中に秘密があり、オーブントースターで軽く炙ると、空洞になっているパンの中にバターがほどよく染み渡っていく。なんとも心憎い設計なのだ。
そしてもう一つ。おそらくこちらのほうが、お店の定番名品であろうと思われるのが、あんバターパン。
ぼくは断然あんバタ派だ。カタチは何型と評すれば良いか。そう、さつまいもだ。
センター部の胴がまるまると太り、端にいくにしたがって細くなり、先端はやや尖っている。
そのさつまいも形状の縦にスッと切れ目を入れ、切れ筋にたっぷりの粒あんと、大きめな四角い厚切り固形バターを、これでもかとばかりに詰めこんでいる。
初めてその勇姿を見た時には、軽い眩暈を覚えた。
で、土日のいずれか、店の開店時間に合わせ出かけるのである、いそいそと。
西日暮里の駅から巣鴨で乗り換え、目的地の駅から歩くこと数分。足どりも軽い。
やがてひとの行列が見えてくる。お、やっぱりな。並んでる。腕時計を見ると、開店から8分遅れ。
ちょっと見には、とてもパン屋さんとは思えぬ殺風景な店構えなので、多くの人は素通りしてしまうかも知れない。
そんな店の入ったビル角をまわり込み、行列の最後尾に着く。
今日は先頭から5番目か。まあ、いい。許してやろう。誰を? 俺を。
そんな心の声と会話しながら、入店の順番を待つ。一度に入れるのは6人まで。
扉が開く。焼きたて出来たてパンの香ばしい小麦の匂いが、五感と全身を包み込む。みんな活発に働いている。いつものメンバーが、いつも通りの動きだ。ササッ、タタタッ、スッ、さほど広くもない店内を、客には決してぶつからない神技の身のこなしで、次々に売れていくパンをキビキビと補充して行く。
いいねえ、実にいい。神々しいよ、君たち。店員も、客も、光り輝いて見えるぞ。さあ、準備万端。左手にトレイを、利き手にトングを。
あるぞ、あるぞ。うまいパンが山並みに連なって、さあおいで、坊や、パンの山を登っておいで、と俺に手招きをする。
塩バターパンも、あんバターパンも、レーズンバターパンも、明太フランスも、粗挽き粒マスタードフランクフルトパンも、シナモンバターパンも、みんな山盛りになって、小麦の風に乗って舞い踊っている。
そんな土日の幸福を待ち侘びながら、今朝も4時に、目を覚ます。
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